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1: 26/08/29(土)22:01:52No.1463341574
こんなことがあった。
結婚式の披露宴で、特別プログラムとして新婦がスピーチすることになった。
二人の関係を詳しく知らない新郎関係者は興味深そうに新婦の挙動を見守っていた。
ウェディングドレス姿のアドマイヤグルーヴが言う。
「皆さま、本日はお越しいただきありがとうございます。早速ですが、本題に移ります。私たち、つまり、私とトレーナーさんは、愛し合っているから結婚するわけではありません」
ざわ、と波紋が広がる。
「私には愛がありません。愛など必要ないものだと考えています。言及される前に言っておきますが、トレーナーさんの了解はすでに得ています。形式結婚、と世の中では言うそうですね。形だけの結婚。それでもかまわないと言ってくれました。だから私も、それに乗ることにします」
冷たい目で場内を一瞥すると、アドマイヤグルーヴは自席に戻っていった。
「たわけが……たわけ!」
エアグルーヴが即座に立ち上がって、激昂しながら説教に向かった。

2: 126/08/29(土)22:02:11No.1463341716そうだねx1
それから五年の月日が流れた。
アドマイヤグルーヴ夫婦は離別することなく、形だけの夫婦を続けていた。
トレーナーの献身は目覚ましいものがあり、家事、家計、地域住民とのコミュニケーション、すべてを一手に引き受けてバ車ウマのように働いた。
寝室は別にしていたが、食事は必ず同じテーブルにつくようにして、手作りの料理を振る舞った。
また、記念日の類は忘れないようにして、特に結婚記念日には花束を贈ることを欠かさなかった。
「いいですから、そんなことをしていただかなくても」
照れ隠しではなく、平静のトーンでアドマイヤグルーヴは言う。
五年の結婚生活の中で、身体的接触は数えるほどしかなかった。
二人が本当の意味で肌を重ねることは一度もなかった。

3: 226/08/29(土)22:02:33No.1463341850
そんな日々の中にも、少しの癒しはあった。
週に一度、朝の散歩として近くの河川敷に向かうこと。そこで散歩している人々を眺めること。
これが二人にとって唯一の笑顔になれる時間であった。
視界の先には大きなゴールデンレトリバーとその飼い主の姿があった。
人懐こいレトリバーは、すかさずアドマイヤグルーヴの足先の匂いを嗅ぎ、ぱたぱたと尻尾を振り始める。
「こんにちは。大きな犬ですね。なんという名前ですか」
「ベルです。こらっ、お姉さんが困っているでしょう」
「いいえ、大丈夫です。そう、ベルっていうの……」
犬を散歩させている人には誰彼構わず同じ質問を投げた。
「こんにちは。凛とした犬ですね。なんという名前ですか」
「アレックスです。ボルゾイという犬種なんですよ」
「そうなんですね。アレックス。綺麗な毛並みですね」

4: 326/08/29(土)22:02:56No.1463341980
トレーナーがその様子を見て内心何を考えていたのか、犬に対してどういう感情を抱いていたのか、どこにも記録が残っていないのでわからない。
ただ、アドマイヤグルーヴが犬と対話している間に、少し寂しそうな顔をして、遠くを見る目をしていたことだけは伝わっている。
さらなる月日が流れた。
十年の歳月は矢のように過ぎた。二人の距離は依然として変わることはなかった。
やがてトレーナーは病に倒れた。すい臓がん。ステージは4だった。
検査したときには遠隔転移も見られ、すでに現代の医療では手の施しようがなかった。
余命が宣告されたが、その期間は信じられないほど短いものだった。
アドマイヤグルーヴは、日に何度も見舞いに訪れた。衰弱していくトレーナーのそばにいた。
点滴が繋がれ皺が浮き出た手に、初めて自らの意志で手を重ねた。

5: 426/08/29(土)22:03:21No.1463342102
それから多くの出来事が起こった。でもどれも現実感がなく、夢の中の出来事のように思えた。
亡骸が納められた棺桶と、遺影の中で微笑むトレーナー。
線香の抹香臭さに、やけに仰々しい戒名が付けられた位牌。
火葬場の寒々しさに、骨壺に無理矢理に押し込まれた遺灰、そして喉仏の骨。
トレーナーの関係者から次々に非難の声が上がった。
「愛する夫が荼毘に付されようとしているのに、涙の一つも流さないとは!」
すかさずエアグルーヴが間に入り込み、声を張り上げてアドマイヤグルーヴをかばった。
「アルヴは強いショックを受けていて現実逃避しているのです! 私がよく言って聞かせますから!」
そうだろうか? 私は本当に現実逃避をしているだけだったのだろうか?
アドマイヤグルーヴはただ酷薄で、夫の死にも心を動かさない氷の女なのではないか。
結局、初七日のときも、四十九日が過ぎたときも、家に一人でいても涙を流さなかった。

6: 526/08/29(土)22:03:44No.1463342240
遺品整理をしている時に、ふと一枚の便せんが目に入った。
差出人はトレーナーで、病院のポストから自宅宛てに投函されていた。
鼓動が高鳴るのを感じた。消印はトレーナーの死から三日前の日付だった。
手紙を持つ手が震えた。
「アルヴへ。
この手紙が届いているということは、俺はもうこの世にはいないのだろう。
言い訳のしようがない。俺は本当にどうしようもない男だった。
一番大事な相手がすぐそばにいるというのに、何もしてあげられなかった。
踏み込んだら拒絶されてしまいそうで、遠巻きに眺めることしかできなかった。
ずっと、内心ではアルヴの核心に触れたかったというのに。

7: … 626/08/29(土)22:04:05No.1463342373
小太郎、イギー、銀、ポチタ、ピーナッツ、パンチ、ディンゴ、三郎、マキアート、チョビ、ハッサン、プルート、定春、シロ、ちびまる、ウィード、ハチ公。
俺の頭の中にはいくつもの犬の名前が浮かんでいる。
他人の犬を愛おしそうに見つめるアルヴの、寂しげな背中が蘇る。
あの時、ただ一言こう言ってあげられれば良かった。
「アルヴ、犬を飼おう」
雪解けの日を待っていた。いつか来るであろう雪解けを。
だが、本当に大事だったのは、待つことではなく――。
悔やんでも、悔やみきれない。俺にもしもう一度チャンスがあるのなら。
必ず犬を連れて君を迎えに行くというのに。
すまない。アルヴ。君のことを愛している」

8: 726/08/29(土)22:04:22No.1463342477
ぎゅっと便せんを握り込み、そのまま前のめりに倒れた。
ぐるぐると激しく視界が回って、前後不覚に陥った。
やがて、上映前の映画館のように、周囲の照明が落とされて、世界は暗闇に包まれた。

9: 826/08/29(土)22:04:40No.1463342566
「ようやく、たどり着いたのですね。アルヴさん」
懐かしい声。自分がまだ学生のころに、一緒にレースを走った知人の声。
アドマイヤグルーヴは無数の白い花に囲まれている。対面にはスティルインラブの姿があった。
「スティルさん……! 貴方、生きていたの!?」
スティルインラブは学生時代にトレーナーを伴い行方不明になっていたはずだった。
「ここは……どこなの? 夢?」
「これはマーガレット、花言葉は真実の愛、ですよ」
まったく期待していた回答ではなかった。
「ここは目覚めたもののみが到達できる固有空間です。アルヴさんは選ばれたのですよ」
「選ばれた?」
「ええ、愛にね。アルヴさんも手に入れたのでしょう? 真実の愛を」

10: 926/08/29(土)22:05:01No.1463342702
「私、私は……でも、もう、遅い……」
アドマイヤグルーヴは胸の中に息づくぬくもりの正体に気がついていた。
そして、それを知るのがあまりにも遅すぎたことも。
「いいえ、まだ遅くはありません」
スティルインラブは紅色の瞳を炎のように輝かせた。
「まだアルヴさんには紅パゥワーがあります。紅パゥワーは事実を超越してあるべき姿へと世界を書き換える力を持ちます。もしアルヴさんがウマ娘であることをやめるのならば……『こっち』に来ていただけるのならば、未来は如何様にでもやり直せますよ」
「貴方と……同類になれというの?」
「違います。愛と和解せよ、ということなのです」
白のマーガレットが風にそよいでいた。スティルインラブは最後の選択を迫った。
「どうされますか?」

11: 1026/08/29(土)22:05:20No.1463342812
「私は……生まれ変わっても、彼の隣にいたい。彼のことを、本当に愛しているから」
アドマイヤグルーヴの頬を伝うものがあった。それは意思に関わりなく自然と流れてきた。
スティルインラブはそこで緊張していた表情を解いて、素直に微笑んだ。
「その言葉が聞きたかったです」

12: 1126/08/29(土)22:05:41No.1463342943そうだねx1
再び目が覚めたとき、アドマイヤグルーヴはいつもの河川敷にいた。
散歩する人、ジョギングする人、サイクリングする人が通り過ぎていく。
ふと、目の前によく見知った男が歩いてくるのが見えた。若い。二十年以上若返っている。
ラブラドールレトリバーを散歩していて、慣れていないのかリードに振り回されながら近づいてくる。
「こらっ! すみません! まだ飼ったばかりで」
「……トレーナーさん、ですよね?」
「え? 君は、学園の生徒か? どこかで会ったような」
「……この犬、いつから飼い始めたんですか?」
「実は、つい最近なんだ。なんでだろう。どうしても犬を飼わなくてはならない気持ちになったんだ。あ、でも大丈夫。きちんと責任は取るつもりだから」
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「いや、それが、まだ決めていないんだ。一人じゃ決められなくてさ」
アドマイヤグルーヴは柔らかく微笑んだ。「紅い眼」を静かに宿しながら――。
「私が決めます。私に、決めさせてください」
それは愛の話だった。誰も知らない、彼女だけの話。

13: 1326/08/29(土)22:08:02No.1463343768そうだねx13
>「まだアルヴさんには紅パゥワーがあります。紅パゥワーは事実を超越してあるべき姿へと世界を書き換える力を持ちます。もしアルヴさんがウマ娘であることをやめるのならば……『こっち』に来ていただけるのならば、未来は如何様にでもやり直せますよ」

急に流れ変わってきたな

14: … 1226/08/29(土)22:07:53No.1463343712そうだねx3
紅パゥワーって何...????

15: … 1626/08/29(土)22:17:09No.1463347157そうだねx1
なんか侵食されてない…?

16: … 1726/08/29(土)22:17:51No.1463347401そうだねx3
新手のラヴズオンリー砲か…

17: … 3126/08/29(土)22:43:21No.1463356227
ありがとうギャグ時空のスティル…

18: … 1526/08/29(土)22:14:57No.1463346408そうだねx1
ここから二人が幸せになる道があるなら良いと思う

19: 1426/08/29(土)22:11:18No.1463345048そうだねx2
まぁいい話だから許すが...

20: … 1826/08/29(土)22:21:13No.1463348525
トレーナー末期の膵臓がんになった時点で今までの事後悔してそうなのがまた…

21: … 2026/08/29(土)22:24:36No.1463349631
トレーナーからの手紙はある意味トドメだろ…

22: 226/08/29(土)22:32:55No.1463352587
ここから二人がちゃんと愛を伝えあうトゥルーエンドは無いの?

23: 2726/08/29(土)22:38:52No.1463354682
でもこれ関係値0のトレーナーと一方的に知ってるアルヴさんだとかなりグイグイ行くことにならない

24: … 2826/08/29(土)22:40:09No.1463355125
>でもこれ関係値0のトレーナーと一方的に知ってるアルヴさんだとかなりグイグイ行くことにならない?
それくらい積極的になっても良い

25: … 3026/08/29(土)22:41:37No.1463355653
やり直すのそっからでいいのか…

26: … 3626/08/29(土)22:47:56No.1463357757そうだねx1
生まれ変わりじゃなくて結婚した時間まで戻る事はできないんですか…

27: 3726/08/29(土)22:48:45No.1463358028そうだねx1
>生まれ変わりじゃなくて結婚した時間まで戻る事はできないんですか…
出会いから結婚までの時間ももっと貪欲に色々したいんだろう

28: 3926/08/29(土)22:53:10No.1463359440そうだねx1
本編並のトンチキシナリオ来たな…

29: … 3226/08/29(土)22:43:42No.1463356351
名前はひねくれ犬

30: 4026/08/29(土)22:53:13No.1463359460そうだねx1
膵臓がんも早期に見つけて対処するんだろうな…

31: … 5326/08/29(土)23:16:08No.1463368167
よかった…トレーナーから送られてきた飼い犬の命と車を奪われるアルヴさんはいなかったんだね…

32: … 4926/08/29(土)23:04:45No.1463363749そうだねx3
これは2周目のゲロ甘バカップルアルヴさんと困惑トレーナーも書くべきだよ

33: … 2126/08/29(土)22:28:28No.1463351031そうだねx3
スティルは行方不明、アルヴの方はトレーナー病死後にアルヴも恐らく死亡とあの世代のティアラ路線は呪われてたとか言われそう…

34: 4226/08/29(土)22:55:51No.1463360372そうだねx1
元の世界線の女帝はどうすれば良かったのかとずっと悩んでそうなのが辛い



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